石巻市を訪ねて

2016年5月8日 17時31分 | カテゴリー: 防災

連休を利用して2泊3日で宮城に行ってきました。5月6日は石巻市へ。震災から4年余を経て2015年5月30日に全線開通した仙石線の快速で仙台から1時間ですが、静かな街の様相は、人とお金が集中する仙台市とは大きく異なっていました。

東日本大震災で3,173人の方が亡くなった石巻市では、浸水面積は市内の平野部の30%にあたる73k㎡に及び、これは震災時の全浸水面積の13%を占める広範さだったということです。半日ほどの滞在で、石巻駅周辺と日和山公園、門脇・南浜地区を訪ねたにとどまりましたが、被害の大きさを改めて胸に刻み、人口規模が近い鎌倉市に引き付けて様々なことを考えさせられました。
震災時に多くの人が避難した高台である日和山公園から見渡すと、海に向けて、建物がなく、防潮堤、高盛土道路、復興公営住宅の工事車両のみが動いている土地が広がっています。市街地には他に高台がほとんどないこと、地盤沈下により、新北上川の水位が高いことが印象的でした。

復興祈念公園が作られる門脇・南浜地区に回って海側から日和山を見ると、全焼した門脇小学校の覆いに囲われた姿が目に迫ってきます。震災時、津波で流されてきたガレキが日和山の下に溜まって津波火災が発生した経緯は他所事ではないと感じました。震災遺構となった門脇小学校の並びや、津波が遡上した新北上川沿いの低いエリアに復興公営住宅が建設中で、適地が少ない難しい状況が推察されました。

日和山公園から海側の眺望。建設中の震災公営住宅

日和山公園から海側の眺望。建設中の復興公営住宅

日和山公園から新北上川の中瀬を見る。ここにも建設中の震災公営住宅。

日和山公園から新北上川の中瀬を見る。ここにも建設中の復興公営住宅。

覆いがかかった門脇小学校(右)

覆いがかかった門脇小学校(右)

震災直後の数日間に出された石巻日日新聞の壁新聞

震災直後の数日間に出された石巻日日新聞の壁新聞