鎌倉市教育委員会で道徳教科書の採択

2017年7月19日 22時49分 | カテゴリー: 教育・こども

傍聴者がつめかけた教科書採択
7月19日午前、鎌倉市教育委員会7月定例会を傍聴しました。
来年度から使用する小学校「特別教科 道徳」の教科書採択が行われたため、約90人の傍聴者がつめかけました。
用意した椅子が足りなくなり、夜の鎌倉花火大会用に搬出準備をしていたパイプ椅子が急遽運び込まれて何とか傍聴者全員が着席できました。

次々と傍聴者が入室

1時間20分に及ぶ協議を経て、委員全員の一致で、8社の道徳教科書の中から、光村図書の教科書が採択されました。
同社版の編集の基本方針は「みんな生きてる みんなで生きてる」。5年生では国連子どもの権利条約が、6年生では世界人権宣言が取り上げられています。

道徳の教科化 小学校では来年度から
現在小学校で使用されている各教科の教科書は、2013年度検定、14年度採択、15~18年度使用の周期です。
道徳は、これまで「教科外の活動」と位置づけられて教科書はなく、検定を受けない「副読本」や教員が独自に作った教材が使用されてきました。
しかし、2018年度から「特別の教科」となるため、昨年度初めて小学校教科書の検定が行われ、今年度全国で採択(教科書の選定)が行われています。

道徳の教科化は、2006年に第1次安倍政権が打ち出しましたが、中央教育審議会(中教審)が「心の中を評価することになる」と難色を示して見送られた経緯があります。
第2次安倍政権において再び教科化が検討され、メンバーが入れ替わった中教審が、教科への格上げを求める答申を出しました。
小学校では18年度から授業が始まりますが、中学校については今年度が教科書検定、来年度採択、19年度から授業開始というスケジュールです。
成績は評定(点数化)ではなく、1年間でどのくらい成長したかを記述式で表すとのことです。

パン屋はだめで和菓子屋はOKの検定意見が話題に
小学校道徳教科書の検定は昨年度行われ、3月下旬、検定の結果が新聞各紙で報じられました。
8社の教科書の内容を見ると、これまでの副読本で取り上げられた定番の教材の多くが引き続き使われています。
話題になったのは、そのうちの1つ、小学校1年生の「にちようびのさんぽみち」という教材でした。ここに登場する「パン屋」が検定意見に配慮して「和菓子屋」に書き換えられたというのです。
検定意見は、「学習指導要領に示す内容(伝統と文化の尊重、国や郷土を愛する態度を学ぶ)に照らし扱いが不適切」というものだったとのことです。

指摘を受けた側の出版社は、悩んだ上での対応であったのかもしれませんが、心配になるのは、検定をする側のレベルであり、出版社の忖度です。
今年度の中学校教科書の検定が気になるところです。

教育委員会では丁寧な協議
今日の定例会では、丁寧な協議が行われたと思います。

傍聴者には議案集と別紙資料の「調査研究報告書」が配布され、教育委員が協議している内容の理解を助けました。
同報告書は、鎌倉市教科用図書検討委員会(校長会、学校教育研究会、教員、保護者、学識経験者で構成)が7月14日付で提出したもので、検討委員会は、現場の教員等からなる調査員からの報告を受けてこれをまとめています。
同報告書には、8社の教科書それぞれの「総合評価の内容」として、特徴や工夫が記述されています。

ただ、2014年8月臨時会で9教科の小学校教科書の選定・採択が行われた折の「調査研究報告書」には、星の数で表した総合評価が付記されていましたが、今回のものにはありませんでした。星三つは、鎌倉の児童に「よりふさわしい」、星二つは、鎌倉の児童に「ふさわしい」教科書であると検討委員会が判断した目安でした。なぜ、わかりやすい星印を付けなくなってしまったのでしょうか。

学校現場、子ども達に近くからの声のボトムアップを
各教育委員が各社の教科書について一通り意見を述べ、協議のまとめに入ったところで、一人の委員から「検討委員会での評価はどうだったのか」という質問がありました。
教育指導課長から「東京書籍と光村図書の評価が高かった」という答弁がなされたことで、従来の進め方であれば星三つがついたはずの教科書が明らかになりました。
それは各教育委員が既に述べた意見と合致しており、採択の方向性が決まりました。

教科書採択にあたっては、学校の現場、子ども達に近いところから上がってきた評価・意見が尊重され、結果に反映されることが、子ども達にとっての利益になると考えます。
今回の採択では結果的に反映される形となりましたが、関わる人が変われば同様な配慮がされるとは限らず、やはり仕組みとして担保されなくてはなりません。

採択後に教育委員から、「教科書が決まったことは、終わりではなく始まり。これから先生のファシリテーション能力が問われる」という趣旨の発言がありました。
これは全くそのとおりだと思います。