南海トラフ巨大地震対策に取り組む高知県西南地域を視察しました

2018年10月31日 16時13分 | カテゴリー: 活動報告

総務常任委員会の視察で、10月24、25日に高知県の黒潮町と四万十市に行ってきました。

◆◆ 黒潮町 ◆◆
高知県の西南に位置する黒潮町(人口11,340人)は、鰹の一本釣りで知られるまちで、美しい海岸線が35㎞にわたって延びています。

2012年3月に内閣府と高知県が公表した南海トラフ巨大地震の想定では、最大震度7、最大津波高34.4mという日本一厳しい数字が示されました。
これに対し黒潮町では、「犠牲者ゼロ」を掲げてハード面、ソフト面で防災の取組みを進めています。

朝6時05分に鎌倉駅を発って、飛行機と鉄道を乗り継いで土佐佐賀駅に着いたのが13時。
町内6地区に整備された津波避難タワーのうちで最も高い津波避難タワー(写真①)を見学した後、高台に整備された新庁舎(2018年1月供用開始 写真②)で、同町の防災の取組みと新庁舎について説明を受けました。

①高さ22m、収容人数230人の佐賀地区津波避難タワー

②高台の黒潮町庁舎からの眺め

犠牲者ゼロを目指す地震対策・ハード面
避難路 住民主体のワークショップ等で提案された避難路を整備。2017年度末現在で、計画した約230箇所の9割の整備を達成!

津波避難タワー 避難困難区域の解消のために6地区に1基ずつ津波避難タワーを整備(2013年度に5基、2016年度に佐賀地区の1基)! 

犠牲者ゼロを目指す地震対策・ソフト面
職員地域担当制 町内61地区の内で津波浸水が予測される40地区の地震・津波対策を早期に進めるため、全ての町職員(約200名)に、住民と協働で防災の取組みを進める担当地域を割振る。

戸別津波避難カルテ 避難が難しい住民一人ひとりに合わせた個別の避難計画を立てるために、津波浸水が予測される全世帯の避難行動を調査し、戸別津波避難カルテづくりを実施。

黒潮町と鎌倉市、ここが違う?!
黒潮町は、計画上、津波避難困難区域の解消に至っていますが、鎌倉市ではハード面での整備が進まず解消されていません。

同町では、緊急防災・減災事業債(国負担70%)を活用し、町負担分(30%)については高知県の津波避難対策等加速化臨時交付金の交付を受けることにより、町費負担実質ゼロ(利子分のみ負担)で、高額な津波避難タワー(例:佐賀地区のタワーは約6億円)や多数の避難路の整備を果たしました。
また、大西町長がいち早く犠牲者ゼロを目指すと宣言して国に強く働きかけたことも大きな結果につながりました。

しかし、ハード面の整備の可否は、国の財源を引っ張ってこられるかどうかにだけかかっているのでありません。
強く印象に残ったのは避難タワーから見えた高台への避難路です(写真③④)。
鎌倉市は、津波避難は高台への避難を原則とするという方針で、避難タワーは作っていませんし、建物の高さ制限もあって避難ビルも不十分。
では、高台への避難路が整備されたかというと、ほとんど進んでいません。
一番大きいのは危機意識の違いです。

③タワーから見える佐賀地区の避難路

④学校裏山の別の避難路

視察して初めて知りましたが、黒潮町が庁舎を高台に移転したのには、旧庁舎が国道改良事業の法線上にあって移転せざるをえなかったという背景がありました。
最終的に高台を移転先にすると決めたのは東日本大震災の半年後でした。
用地は民有地で、用地取得の交渉は容易ではありませんでしたが、国との移転補償契約の年限である4年間で用地交渉から設計、工事を進めて竣工に至りました。
その全体に関わった担当者から説明を受けましたが、大変な熱意をもって取り組んだことが伝わってきました(その担当者が現在 南海地震対策係長をされています)。
鎌倉市は、高台に至る斜面地等は民有地だから避難路をつくれないと考えているようでが、必要な場所を見定めて所有者の協力を得る努力がを諦めてはいけないと思います。

◆◆ 四万十市 ◆◆
2日目は、黒潮町の西隣の四万十市(人口35,933人。旧中村市と旧西土佐村が2005年に合併して誕生)の市庁舎整備とデマンド交通について視察を行いました。

同市の市庁舎は、東日本大震災前の2010年3月の完成ですが、免震構造(鉛プラグ入り積層ゴムの免震装置)を採用しています。
雨水利用や自然採光の活用、ペアガラスの使用による断熱効率などの様々な環境配慮策も含め、災害時にも事業継続が可能な庁舎(写真⑤)をめざした事例として参考になると考えました。

⑤四万十市役所3階 防災対策室

高台ではなく、市街地にある旧市役所敷地で建替えた市庁舎
市庁舎は、清流として名高い四万十川と後川に挟まれた三角地帯の旧中村市の市街地の、旧中村市役所の敷地内で建替えられました(写真⑥)。
1991~98年度においては、現在地の南側の高台、羽生山の開発と並行し、羽生山に道路を建設して市庁舎をつくる構想がありましたが、旧中村市の市街地の商工業者・住民を中心に移転に反対する声が高まり、現在地での建替えとなりました。(※)

⑥市役所7階展望ロビーから見える四万十川

ハザードマップを見ると、一時期候補地となった羽生山と違い、現在地は四万十川の洪水浸水想定域にあります。http://www.city.shimanto.lg.jp/life/bousai/hazardmap2018/pdf/type01/057-058.pdf
(想定最大降雨規模の四万十川浸水想定)

http://www.city.shimanto.lg.jp/life/bousai/hazardmap/area01.pdf
(100年に1回の大雨=四万十川は600㎜/2日が降ったと仮定した浸水想定)

しかし、同市の担当者の説明では、「現在地の地盤は頑丈であり、建物下に2mのコンクリート層を施工して、過去に起きた、わかり得る限りで最大の浸水被害が再び起きても浸水しない高さで造成している」とのことでした。

「地域のデパート」
現在地での建替えを決めた最大の要因は、中心市街地を過疎化させない、ということだったそうです。
庁舎は2階に図書館(写真⑦)を合築しており、庁舎案内のパンフレットには、「庁舎は市民の共有財産として、多くの情報が集約され、市民がいつでも集い楽しめる『地域のデパート』のようなものであるべきという基本理念に立ち、市民開放型施設としていく」という市長メッセージが掲載されていました。

四万十市の市庁舎整備は、「所変われば(事情も様々…)」という部分が大きいですが、まちの活力の維持・活性化に役立てる、という考え方は全国共通であると感じました。

⑦市役所2階の市立図書館

(※)2004年1月の中村大方佐賀西土佐合併協議会で、中村市役所所在地に新市の市庁舎を拡張建替えすることが決まった。
これを受けて大方町と佐賀町が協議会を離脱。
2005年4月に中村市と西土佐村が合併して四万十市が誕生(市庁舎は旧中村市)。
2006年3月に大方町と佐賀町が合併して黒潮町が誕生(町庁舎は、旧大方町)。

町役場でのレクにずっとお付き合いくださった黒潮町議会の小松孝年副議長と記念撮影(左から2人目)