鎌倉市役所の深沢移転は地方自治法4条に照らして違法なのか?!(その2)

標記(タイトル)の問題については、複数の弁護士の先生からご意見を伺いました。
その中で、法4条2項が「他の官公署との関係」を特記しているのは、市町村の事務の大半が国や県の機関委任事務であった時代の名残ではないか との指摘があり、まさに目からウロコが落ちました。4条2項が付け加えられた昭和27年の時代背景としては、「国と地方の関係の違い」も重要なポイントでした!

さて、庁舎の位置の変更を4条2項を根拠に違法とすることには極めて高いハードルがあります。以下、2つの判例を紹介して考察を進めます。
まず、地方自治法4条を再掲します。
第四条(第1項)地方公共団体は、その事務所の位置を定め又はこれを変更しようとするときは、条例でこれを定めなければならない。
②(第2項)前項の事務所の位置を定め又はこれを変更するに当つては、住民の利用に最も便利であるように、交通の事情、他の官公署との関係等について適当な考慮を払わなければならない。
③(第3項)第一項の条例を制定し又は改廃しようとするときは、当該地方公共団体の議会において出席議員の三分の二以上の者の同意がなければならない。

鳥取市庁舎建築に関する公金支出等差止請求事件(鳥取地裁平成28年 9月30日判決)
鳥取市の住民である原告らが、鳥取市長に対し、旧市立病院跡地における新庁舎建設のために行う財務会計行為の差止めを求めた住民訴訟です。
鳥取地裁は、訴訟の口頭弁論終結日までに支出された公金の支出差止め等については却下、その余の部分については棄却しました(本件訴訟はその後最高裁まで行き、原告住民の敗訴が確定)。
原告らは、
新本庁舎建設を前提とする位置条例及び新庁舎予算には、被告による議案提出、市議会による審議・議決の過程を通じ、事実誤認・事実評価の誤りが存在し、考慮すべき事項を考慮していない点で、裁量権の逸脱・濫用があり、法4条2項に違反する
位置条例および新庁舎予算が違法であるから、その「執行行為」に当たる財務会計行為も違法である ー と主張しました。

これに対して裁判所が示した判断は、
「法4条2項は、地方公共団体が条例でその事務所の位置を変更するに当たっては、住民の利用に最も便利であるように、交通の事情、他の官公署との関係等について適当な考慮を払わなければならないと定めているところ、新たな庁舎への移転が必要であるか、その庁舎の位置をどこに定めるかについては、その事柄の性質上、当該地方公共団体に関する諸般の事情を総合考慮した上で、政策的、技術的な見地から総合的に判断されるべき」である。
松尾市長は、議会答弁でこの箇所を引用しています。)

位置条例の議決において「出席議員の3分の2以上の者の同意という特別多数決が必要とされていることも考慮すれば、このような判断(=位置条例の議決)は、住民に対し政治責任を負う議員からなる議会の広範な裁量に委ねられている」と解される。

そして、予算執行権を有する市長は、「著しく合理性を欠きそのために予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵がある場合でない限り、議会の位置条例についての議決を尊重しその内容に応じた財務会計上の行為を執る義務がある」と解される。
事務所の位置を条例で決めるということは、その決定権・裁量権を議会が持つことであるので、「市長の提案が市長自身の裁量の範囲を逸脱しているか否か」というような議論は、全く問題になりえない、と結論付けられます…。)

紀勢町新庁舎建設費等支出差止請求控訴事件(名古屋高裁 平成16年3月26日判決)
紀勢町(現在は合併で大紀町)役場の新庁舎建設にあたり、位置条例の制定がないまま予算を執行している点が問題となった住民訴訟です。
一審は原告敗訴。控訴審判決も、新庁舎建築着工後において条例を定めても法4条に違反せず 町長が位置条例案を上程していないとしても、(町長の政治責任は別として)違法な行為とはいえず、予算執行当時において位置条例制定の可能性が全くないとはいえないから、予算の執行が違法とまではいえない ― などを理由として、控訴人ら(住民)の請求を棄却しました。

もう少し詳しく、住民の主張と名古屋高裁の判断(一審の判断の引用を含む)を抜き出します(出典『判例タイムズ』№1159』)。
【住民の主張1】
庁舎を現在とは異なる地区に移転することについては住民の反対が強く、位置条例の議会への上程もされていない。

仮に上程されたとしても、法4条3項に定める条例の制定・改廃には出席議員の3分の2以上の同意が必要であるところ、紀勢町議会の総員14人のうち反対の態度を表明している議員が5名いるから、条例が制定される見込みはない。

それにもかかわらず新庁舎建設のための予算が執行されたのは違法である。

【裁判所の判断1】
法4条1項は、位置条例を定める時期について何ら定めていないから建設着工後に条例を定めても同法違反とはならず、条例案の上程時期は町長の裁量に委ねられている。

町長は着工前に議会に位置条例案を上程はしていないが、既に建築着工についての予算の議決を得ていることから、(予算の執行は)町長の裁量の範囲というべきである。

議員総数の3分の1を超える5名が庁舎移転に反対であったことが認められるものの、このことからただちに将来にわたって位置条例制定の可能性が全くないと断ずることはできないから、予算の執行が違法であるとまではいえない。

【住民の主張2】
新庁舎の建設現場は、住民の利便性に欠ける。

【裁判所の判断2】
新庁舎の建設場所は、防災拠点として地震及び津波に備えるための高台にあり、現庁舎と比較すると、国道42号・JR伊勢柏崎駅・紀勢インターチェンジ予定地から離れ、交通条件の点では悪くなるが、それでもJR伊勢柏崎駅からタクシーで20分程度の距離(約8.5㎞)、錦船付バス停からは徒歩数分であって、必ずしも利便性にかける場所に所在するとはいえず、地震および津波に備える必要性に鑑みるとと、新庁舎を建築することが不合理であるとはいえない。

名古屋高裁判決についての補足
この名古屋高裁判決を紹介したのは、【住民の主張2】が法4条2項に関わるものであるからですが、それだけではありません。
私は、「位置条例はいつ議会にかけても良いのだ」と思っているわけではなく、議会として適切な判断ができる状況が整ったら速やかに議会にかけるべきだと考えます。
(その時期を、市は「整備にかかる経費の概算額が出た後」と説明していますが、「跡地となる現在地に整備する施設の具体的な計画が明らかになった後」であることも、適切な判断には必要な要件だと思います。)
議会にかける時期は、現実に即して決めるべきなのです。適切な時期を見定めるために幅を持たせて考えて良いのだ、ということが【裁判所の判断2】からわかります。
(【裁判所の判断2】には、住民訴訟の原告経験者としては、「ここまで住民に対するハードルを高くするのか!」との驚きの気持ちを抱いたのも事実。)

諸般の事情の総合考慮についての「おまけ」
なお、2018年10月に総務常任委員会が視察した和歌山県黒潮町役場は、南海トラフ大地震の津波浸水想定域から高台の樹林地を切り拓いた場所に移転した庁舎です。
交通の便は元の場所より悪いですし、周りに「官公署」はありませんでした。本サイトの昨年9月9日付記事に載せた写真(庁舎屋上から市街地を見下ろす視察議員一行)を再掲します。

大事なのは法4条2項を盾に議論を封じないこと
以上のように見てくれば、法4条2項を根拠に市役所の深沢移転を違法と断じるのが不当であることは明らかです。

「何故そんなに力瘤を入れて論ずるのか?」と言われてしまいそうです。
何故かと言えば、移転は「違法である」とか「市長の裁量を超えている」というような観念的な門前払い論をふりかざしたり、「できっこない」という頭ごなしの結論に誘導したりすることは、市庁舎についての市民および議会の意味のある議論を封じることになると考えるからです。