鎌倉市携帯電話中継基地局条例は手続き条例であっても… ― 2022.8電磁波特集 ⑤

鎌倉市携帯電話中継基地局条例には、次のことが規定されています。
事業者(携帯電話等通信会社)は、市内で携帯電話等の中継基地局を設置しようとするときには、工事に着手する60日前までに、工事の計画書を市長に提出しなければならない。
事業者は、計画書の提出後、「基地局の高さの2倍の範囲の近接住民(建物の屋上等に設置する場合は、地上からの高さの2倍の範囲で、建物の敷地に隣接する近接住民)」および「近接住民が属する自治・町内会(地縁団体)を代表する者」に計画の概要を説明し、周知に努めるとともに、近接住民等(=近接住民及び地縁団体)の理解を得るよう努めなければならない。地縁団体の代表者への説明は、原則として、訪問することにより行い、事業者は、当該地縁団体から説明会の開催を求められたときは、説明会を開催する。

条例全文はこちらのページに載っています。
鎌倉市/携帯電話等中継基地局について (city.kamakura.kanagawa.jp)

条例を所管する地域共生課がわかりやすく図表化した条例に基づく手続きの流れも見られます。
2022tetuzuki.pdf (city.kamakura.kanagawa.jp)


手続きを定めた条例だが、「何のための手続きか」が重要
条例と条例施行規則によって「手続きの流れ」を規定していることから、条例案づくりに取り組んだ市民相談課(現・地域共生課)は「紛争防止の手続き条例である」という解釈を当初から示しています。昨今、基地局の設置を加速させている事業者も、この解釈そのままに突き進む傾向が顕著です。

手続きについて定めているのは事実であっても、条例には
事業者は、近接住民等の意見を聴き、紛争の防止に努めなければならない。(4条1項)
事業者は、近接住民に学校、児童福祉施設その他の規則で定める施設の土地所有者等が含まれるときは、当該施設の管理者の意向を尊重するよう努めなければならない。(4条2項)
事業者は、計画書の提出後、近接住民及び地縁団体を代表する者に計画の概要を説明し、周知に努めるとともに、近接住民等の理解を得るよう努めなければならない。(7条)
―  と書かれています。つまり、相手(近接住民等)との関係性において完結する「手続き」だということです。この条例について考える上で重要なポイントです。(「近接住民等の理解を得る」については、次の特集⑥で詳述します。)

条例制定のきっかけとなった陳情は予防原則に立つ必要性を訴えていた
この条例は、条例の制定を求める陳情が2008年9月議会で全会一致で採択されたことを受けて作られました。
「携帯基地局の電磁波を考える鎌倉の会」が行った陳情は、
 電磁波が健康に及ぼす影響についての安全性の研究が追いつかないまま携帯電話の普及と発信電波量の増大が進んでいる現状を踏まえ、「予防原則」に立った施策を実施してほしい
 国が安全基準を見直すのを待つのではなく、住民に近い自治体として、住民が安心して暮らせる環境を作るためにできることから始めてほしい
とはいえ、自治体が、「国の安全基準では不十分である」という認識を前面に出し、民間事業者の事業遂行に規制をかける条例を作ることは困難であるので、「地域における紛争を未然に回避するという意図も踏まえて」早急に措置を講ずることを求める
― というスタンスでした。現実路線でが掲げられていますが、意図するところはに集約されています。

鎌倉市は、紛争の未然防止を掲げながらも、条例中で紛争が生じる背景に携帯基地局の発する電磁波の影響に対する市民の不安があることには触れていません。「住環境をめぐる紛争」(1条)とだけ書かれており、基地局の問題を倒壊や落下物の危険性に矮小化させる隙を与えています。
陳情が意図した①と②については、電磁波の影響を受けやすい子どもに配慮する規定(上述の4条2項)を設けたことにかろうじて反映させたにとどまっています。

国際がん研究機関(IARC)が、「ヒトに対する発がん性分類」で無線周波数電磁波をグループ2B(発がん性の可能性がある)に認定したのは、鎌倉市条例が制定された翌年の2011年でした。条例策定中にIARCの判断が公表されていれば、条例の書きっぷりが少しは変わったでしょうか…?!
 

この条例の「実効性とは何か」
では、この条例における実効性とは何か、ということを述べたいと思います。

(1)「基地局を立てる場合には所定の手続きを踏む。手続きを踏むことで紛争を防止する」ということは、字面どおりに受け取れば実効性と言えなくはないです。しかし、近接住民等との関係性を考慮しない「手続き」が、かえって「紛争」のタネになっている現実あります。

(2)「知らないうちに基地局が立っていたということがないようにする」ということは、確かにこの条例が発揮すべき効果(期待される効果)です。
ただ、基地局設置等の計画を周知する範囲が建物の高さの2倍の水平距離の近接住民に限られると、数軒(~10数軒)の住民にしか事前に知らされません。住民説明会が開催されて、近接住民よりも広い範囲の住民に情報が行きわたらないと、この効果は発揮されません。

(3)本当の意味での条例の実効性の発揮は、基地局設置後に健康被害を訴える住民が出ないようにすること(=より重要な紛争の防止)です。
事業者は、住民説明会を開催し、「電波防護指針よりも十分に弱い(例えば10,000分の1の)電波の強さだから安心」という説明ではなく、具体的に「この方向、この距離で、この程度の強度(計算値)」という説明をし、同じタイプの既設基地局の実測値も示した上で、住民の懸念や意向に耳を傾けてほしいと思います。

(4)電磁波特集③では「実際の対応(基地局設置の回避、電波の照射方向の変更や出力の低減および遮蔽・屋内移動などの個人的な防護)を考える目安としては10μW/㎠を念頭に置いてはどうか」と書きました。基地局の設置で10μW/㎠を超える電磁波が届く住宅や施設が生じる場合は、基地局を絶対に立ててはいけない、と言っているのではありません。立てるなという権限は住民にも鎌倉市にもなく、10μW/㎠という目安は残念ながら日本ではオフィシャライズされておりません。

そうであるからこそ、条例の実効性の最大限の発揮は、10μW/㎠を超える箇所が生じる可能性がある場合は、上記のような「実際の対応」について話し合う場として住民説明会が位置付けられることにあるのではないでしょうか。

付記1:鎌倉市の基地局条例については、2021年7月30日付記事「多くの人に知ってもらいたい携帯電話中継基地局条例」で、成立の経緯やその後の条例改正を求める陳情に触れて報告しています。

付記2:電磁波問題市民研究会のホームページに、延岡市の基地局差止め訴訟の原告側証人を務めた吉富邦明教授の講演が掲載されています。長い記事の中盤にある太宰府市・延岡市・小林市での測定結果はたいへん参考になります。当会主催講演会 携帯基地局周辺の電磁波と健康被害 (dennjiha.org)