深沢の液状化リスクを煽るのは地盤防災工学の知見の軽視

8月7日に「新庁舎等整備に関する調査特別委員会」(以下、特別委)が開催されました。

私は、翌日8日に茅ケ崎市で開催された地方自治法改正問題の学習会に参加したのですが、茅ケ崎市在住の参加者から「鎌倉市はe-かなマップで液状化のリスクが高いと色分けされているところに新庁舎を建てるのに、基本設計の段階になるまで地盤・地質調査をしていなかったのは、ちょっと酷すぎませんか?」と聞かれました。
新聞報道、FMニュースあるいはSNSのいずれを通して得た情報なのかは確認しそびれましたが、「過去のボーリング調査に基づく判定で液状化のリスクは高くないという結果が出ているし、そういう結果があるということは、基本設計段階になって初めて地盤・地質調査をするのではないということです」と即座に答えました。

特別委では、一人の委員から「基本設計段階になって新庁舎整備予定地の地盤・地質調査を初めて行うのではなく、深沢を庁舎整備予定地と決める際に調査をしておくべきではなかったのか」という見当違い(こじつけ?)の質問が飛び出しました。そうしたことを受けて、人々の興味を引きそうな部分だけが、特別委でのやり取り全体の文脈はお構いなしに拡散された可能性があります。そこで、本稿では改めて8月7日の特別委を(提示された資料の内容も含め)振り返ってみたいと思います。

 

「まちづくり計画部」から報告があった内容
この日の特別委での報告を時系列でたどると次のとおりです。
2011年度】深沢地区事業化推進検討業務委託で地区内6箇所をボーリング調査

2018年度】深沢地区まちづくり方針実現化検討委員会の下に設置された「防災部会」(有識者委員会)で、洪水浸水などと共に液状化のリスクについて検討。部会の報告書で、液状化判定については東日本大震災後に改訂された技術指針の内容を反映して再検討することを推奨。

2023年度】新技術指針に基づく「深沢地域整備事業区域内における液状化の再検証」を地質の専門家に依頼。12月に結果公表。年が明けた2月議会の建設常任委員会で報告。

2024年度】新庁舎の基本設計・DX支援業務委託の事業者を公募(現在、事業者選定中)。同業務委託の中に、新庁舎整備用地の地盤・地質調査業務が含まれています。

 

2018年度の防災部会で専門家が示した知見
この時系列の中で重要な意味を持つのは防災部会です。部会の中で防災工学等の専門家から示された知見が、その後の市の取組みのベースになっているからです。
それは次のような知見です(第1・2回の防災部会議事録と防災部会報告書から保坂が抽出)。

<災害想定全般に対する考え方>
想定可能な最大規模の災害を念頭にハード面の整備を進めると、安全性は増すが、経済面(整備コスト、人々の生活の継続、経済活動の維持)や環境面を考慮すると現実的ではない。想定される災害の規模を把握し、環境影響を考慮した上で、ハード対策とソフ ト対策を合わせた対策により被害を最小化することが重要。

<事業区域は防災拠点となりうるエリアか>
区域内に洪水浸水想定エリアや液状化の可能性があると判定されたエリアがあるが、ハード面だけでなく避難などのソフト面の対策をすることで対処可能。深沢の事業区域は防災拠点として機能強化をしていけるエリアである。

<液状化について>
2011年度のボーリング調査では6地点のうちの1地点で「液状化の可能性あり。但し危険度(PL値)は低い」の判定が出ているが、液状化の発生を過剰に恐れるのではなく、発生した場合に起こる現象を予測した上で、実際の「被害」とならない対策を取る。

建物を建てる際に基礎部分を掘削してそれを埋め戻したり、大きな下水管を通した後に土地を埋め戻したりするなど、施工でいじった(人工的に改変した)場所が液状化しやすいため、事業が始まった後の施工の中で液状化しない地盤をつくることが大切である。

建物を建てる際には地盤・地質を調査し、(中高層建物なら基盤層に届く杭基礎で支え、ベタ基礎の低層住宅なら地盤改良など)適切な対策を行う。

緊急車両が通る幹線道路は、液状化による陥没・隆起やマンホールの浮き上がりなどで車両通行が妨げられないようにする対策を行う。

2023年度「再検証」の結果
次に、事業区域内6地点(№1~6)について、新しい技術指針に基づいて行われた「再検証」の結果について紹介します。
再検証で用いられた地震動は、新指針で基準とされているM7.5/200ガルを基準とし、更に大きなM9.0/200ガルと M7.5/350ガルの場合を参考として追加したものです。

<基準とするM7.5/200ガルの地震動の場合>
6調査地点中2地点(No.4, 5)が「液状化の可能性あり。但し液状化の危険度(PL値)は低い」の判定。
<さらに大きな地震動の場合>
新庁舎移転予定地直近の調査地点(№3)は「液状化しない」、それ以外の5地点は「液状化の可能性あり。但し液状化の危険度(PL値)は低い」の判定。
<沈下量(Dcy値)>
新指針で新たに加わった「沈下量(Dcy値)」は、地震時の地表面における地盤の変位から、地盤の沈下量や液状化の程度を評価する指標。
沈下量は基準となる地震動で、No.4で2㎝、№5で1㎝ さらに大きな地震動で4地点で1~4㎝と予想され、「地表面変位量は軽微」に区分されました。
新聞報道の見出しで、「最大4センチ液状化か」とありましたが、最大4㎝は地表面の変位量として「危険なレベル」ではなく「軽微」なのです。なお、新庁舎移転予定地直近の№3は変位ゼロでした。
従来の指標とDcyとを合わせ、再検証では「(事業用地内で)液状化による顕著な被害は生じない」と結論づけられています。

<今後の対応についての言及>
再検証では、今後とるべき対応として
土地区画整理事業で整備する道路等の基盤については、国の技術指針などに沿って必要に応じて合理的な対策を講じる。

土地区画整理事業の基盤整備後に建設する建物については、建設時に(「基盤整備時に」ではない)、各自が必要に応じた対策を講じる。

新庁舎については、基本設計を行う中で、実際の建設場所の地質調査(追加のボーリング調査)を行った上で必要に応じた対策を講じる。
―ということが挙がっています。

さて、この「今後の対応」をどう捉えるか、です。
事業区域全体を捉えて「液状化による顕著な被害は生じない」、新庁舎整備予定地では「液状化しない」との検証結果を示しているにもかかわらず、これらの「今後の対応」を挙げているわけですが、それは神奈川県の「e-かなマップ」(後述)で深沢の事業区域の大半が液状化の可能性が極めて高い濃いピンク色に色分けされているからではありません。
自明とも言えますが、「今後の対応」は、既に述べた「防災部会で専門家が示した知見」の<液状化について>に呼応しています。防災部会の液状化についての知見が、再検証の「今後の対応」の根拠なのです。

 

今後行われる地盤・地質関係の調査
今後行われる地盤・地質関係の調査は、「再検証」において示された「今後の対応」を踏まえ、2つの流れになります。
①土地区画整理事業では、施行者であるUR都市機構が、道路など公共施設の築造や宅地整地等の工事を実施します。緊急車両が通ることが想定される主要な道路の地盤については、液状化調査を実施して必要な対策を講じます。雨水貯留施設の築造に関しても同様だと思われます。

➁現在事業者を選定中の新庁舎の基本設計等業務委託の中で、新庁舎整備用地内で6箇所以上のボーリング調査を行って地盤・地質の調査が行われる予定です。建物を支える杭を打つ位置やその長さを決めることは基本設計に関わることです。調査を踏まえて「必要な対策」を講じることになります。

このように順を追って見てくると、冒頭で紹介した「基本設計段階になって新庁舎整備予定地の地盤・地質調査を初めて行うのか!?」という委員発言が見当違いであり、批判のための批判であることは明らかではないでしょうか。
所管の市街地整備課長は、もっと端的に「過去に深沢地域整備事業地内で行った調査の調査地点の中に新庁舎整備予定地直近地点が含まれており、基本設計に合わせて行う調査が初めての調査ということはない。」と答えていました。

 

神奈川県の e-かなマップの液状化想定図
最後に、「深沢は液状化で危ない」説の根拠になっているらしい神奈川県作成の e-かなマップの液状化想定図についてです。
これは、8類型の地震についての液状化判定結果を250m四方に区分したメッシュ単位で示したものです。

マップのサイトには、次のように書かれています。

「参考」の「相模トラフ沿い最大クラスの地震」のケースでは鎌倉市内の大船・深沢・鎌倉地域の広範囲に液状化の「可能性が極めて高い」エリアの分布が見られますが、各250mメッシュ(6.25ha)内の全域で液状化の可能性が高いわけではありません。

(比較のため、下記に鎌倉市域全域で震度6弱の揺れが予想される都心南部直下地震の場合の液状化想定図)

防災部会委員の意見にあるように、想定最大規模の災害を想定することは必要ですが、想定しておくことと想定最大規模の被害が起きないようにハード対策(例えば事業用地全域における地盤改良)を講じることはイコールではありません。

加えて、液状化の場合は、建物や道路などを整備する際に、その具体の場所における液状化の発生について調査し、予測を行い、然るべき対策を講じれば被害は防げる、あるいは最小化できます。特に、深沢のようにこれからつくりあげていく「新しいまち」については、技術的な対応が様々に可能です。

特別委では、「人の命がかかっています」と訴え、「最悪を想定したコスト度外視の液状化防止策(液状化の被害防止策ではない)を講じるのが行政の責任で、さもなくば移転計画の撤回だ」と言わんばかりの発言がありましたが、これまでの検討の中で耳を傾けてきた専門家の知見をあまりにも軽んじていると言わざるを得ません。

・・・🚶<追記> 茅ケ崎市役所について 🚶・・・
冒頭で触れた茅ケ崎市で開催された学習会の会場は、茅ケ崎市役所分庁舎にあるコミュニティホールでした。
本庁舎と分庁舎が並んで建つ茅ケ崎市役所(建て替えて、2015年竣工)は、とにかく敷地が広々としていました。
緑の市庁舎前広場も羨ましいですが、分庁舎前の舗装されたスペースが広々としているのが、とても良いと思いました。災害対策用広場としての性格を持ち、発災時に重量のある車両を多数停められるように舗装を厚く、堅牢にしているのだとか。
庁舎にも敷地にも災害対応のためのゆとりが必要だと改めて思いました。