鎌倉市携帯電話基地局条例の課題と改善策は? ― 2022.8電磁波特集 ⑥

鎌倉市の携帯電話中継基地局条例は、「基地局設置について住民の同意を義務付けることは、事業者に法律に基づかない不当な権利制限を課すことになるので自治体としてはできない」という前提で作られています。
基地局設置・改造に特化して市・事業者・近接住民等の責務を定めた全国的に見て先進的な条例であることは確かですが、手続き条例という枠に押し込まれ、住民に配慮した活用がはかられない事例が多々あるのも事実です。

条例の課題 (1) -条例の文言の解釈の相違も紛糾のもとに
条例が抱える課題として、文言の解釈が住民、事業者の間で相違していることがあげられます。
①「近接住民等の理解を得る」とは?
実際に生じている齟齬
条例7条は「事業者は、(中略)近接住民及び地縁団体を代表する者に当該設置等の工事の計画の概要を説明し、周知に努めるとともに、近接住民等の理解を得るよう努めなければならない」という規定です。
多くの場合、住民の方たちは「理解を得るとは、基地局の設置について住民の了承・同意を取り付けることだ」と受けとめます。一方、事業者は「基地局の設置において、近隣住民の了承・同意は法的に不要」という前提に立ち、「理解を得るとは、設置計画の概要を知らせることだ」と解釈します。

事業者の前提は間違っていないのですが、往々にして近接住民説明実施報告書に「○○様から了承をいただく」という書き方がされるので、住民から「了承などしていない」という声が上がるのは当然です。「対面で説明した」「〇日と○日に訪問したが不在だったので資料のポスティングにより説明に代えた」というように、行った対応の様態をそのまま書く方がよいのです。 

説明実施の中身
「理解を得るとは、設置計画の概要を知らせることだ」という解釈であるなら、大事なのは、ちゃんと知らせるということです。「近接住民への説明は、事業者が直接本人に対し誠意をもって行うものとする。ただし、やむを得ない理由があるときは、書面等の配付その他の確実な方法により本人に対する説明に代えることができる」という条例施行規則4条が守られなくてはなりません。

また、「設置計画の概要を知らせる」ことの中身が問われます。
後述の宮崎県小林市の条例は、説明事項として「電波に関する事項」にとどまらず、「住環境に及ぼすと予想される影響と対策」を掲げています。そこまで知らせないと、「近接住民等の理解を得るよう努め」たことにはならないと思います。

② 町内会長による説明会開催要請は、基地局設置に対する自身の賛否とは関係ない
鎌倉市条例の特徴のひとつは、「地縁団体を代表する者」(自治会・町内会長)を事業者が説明を行う対象にしていることです。
これは、町内会長が基地局設置の是非を判断するという意味では全くありません。既に述べたとおり、近接住民にも町内会長にも鎌倉市にも基地局の設置を了承したり、差し止めたりする権限はありません。

また、敢えて述べれば、町内会長さんは説明会開催の要否を自分の責任で判断する必要はありません。自身が「基地局設置に賛成か反対か」も、説明会開催の要否の判断には関係しません。

事業者が説明に来たら、「説明会の開催は不要」または「近接住民の皆さんにはそちらからよく説明しておいてください」と即答せずに、「近接住民等の意向を直接確認してから回答する」と伝えていただく。そして、近隣住民に確認(確認の仕方は任意です)して、要望があれば、説明会を開催するように事業者に回答していただく。地縁団体説明会の開催を通して住民周知の範囲を広げるための「取次ぎ役」を果たしていただくことが条例の趣旨です。

③ なぜ町内会長が説明の対象になっているか
「基地局の地上からの高さの2倍以内における土地所有者等であって、敷地に隣接する土地の土地所有者等」を近接住民と位置付けて設置計画の周知範囲としているのは、基地局の電波塔が万一倒壊した場合に被害が及ぶ範囲という考え方です。

基地局は単なる建築物ではないので、個々の基地局から発せられる電波の供用範囲を周知の範囲とするのが理にかなっており、近接住民だけではあまりに範囲が狭すぎます。

しかし、条例案の策定においては
▽基地局の電波は健康被害のリスク要因ではない
▽半径300~400mまたはそれ以上となりうる供用範囲内の住民への周知を義務付けると、合法的に事業を進める民間事業者に多大な負担を求めることになり、条例としての違法性を問われかねない
▽かといって、もう少し範囲を狭めて半径100m、150mという具体的な数値を設定する公的な根拠がみつからない
― という観点から、着地点を見出すのに難航しました。そこで便宜的に登場したのが「地縁団体を代表する者に説明する」ということでした。

ですので、繰り返しになりますが、自治会・町内会長が説明の対象になっているのは、(地縁団体を代表して説明を聞いてもらうというよりは)地縁団体説明会の開催を通して住民周知の範囲を広げるためです。

 

④ 説明実施報告書の記載内容が事実と違うことを指摘するとどうなる?
近接住民説明実施報告書や地縁団体説明実施報告書に記載された報告内容が実際と違っていたり、説明対象者への説明が漏れたまま報告書が提出されていることが判明した場合、近接住民等は訂正を求めることができます。
条例10条2号は、虚偽の記載をした報告書を提出した者に対し、市長が必要な措置を講ずることを勧告することができることを規定しています。但し、この10条が規定する市長による勧告は、計画書や説明実施報告書の提出についての勧告で、設置(・改造)行為についての勧告ではありません。

住民は、説明実施報告書中の虚偽記載を指摘して、それを理由に計画の撤回を申し立てることはできません。できるのは、事業者に記載を訂正させること、説明に漏れがあった場合は説明を実施させることです。

事業者は説明実施報告書を再提出しなくてはならなくなり、市に訂正した報告書を提出する前に、基地局の設置工事を完了させて「使用開始届」を提出することは道義上できないでしょう。市としても「使用開始届」を受理できません。

ですので、報告書中の虚偽記載の指摘が、設置工事の完了を遅らせることはあります。その間に、事業者が時間がかかり過ぎることを嫌って当該計画を撤回して他の候補地にターゲットを変更したり、地権者が地元の反対が大きいことに配慮して土地の提供を止めた事例も過去にはあります。

ただ、説明が同意・了承を得るためのものでない以上、報告書中の虚偽記載の指摘は、「漏れていた説明を行い、誤記を訂正するという対応」を導くものになります。

⑤ 紛争の調整について
条例9条では「市長は、近接住民等と事業者との紛争が生じたときは、鎌倉市建築等に係る紛争の予防及び調整に関する条例に基づき、あっせん又は調停を行い、当該紛争の調整に努めるものとする」としています。既存の条例の取扱い対象に「携帯電話等中継基地局の設置等に係る紛争」を追加した形です。
あっせんまたは調整は、紛争当事者の双方からの申出により行うとされていますが、「相当な理由があると認めるときは、紛争当事者の一方からの申出でも、あっせんやを行うことができる」と規定されています。ただし、「双方からの申出」が原則であるためか、条例施行後の12年間にこの条文が活用されたことはありません。

 

条例の課題 (2) -目的に適った仕組みを規定しているか
条例が抱える大きな課題は、条例の目的に適った仕組みを規定していないことです。

特集⑥の記事では、条例の実効性は「知らないうちに基地局が立っていたということがないようにする」ことにあるが、本当の意味では「基地局設置後に健康被害を訴える住民が出ないようにすること」なのだ、と述べました。
この2つのことを方向性として目指す立場からすると、この12年間の住民に対する説明会の実施状況はあまりに低迷しています。
説明会がなかなか実施されない状況は、条例の運用で改善されるのか、条例に規定されている仕組みを変えなければだめなのか、この間ずっと考えてきました。

町内会長さんに説明会の開催要請に前向きになってもらう、というのは条例の運用の改善です。それはそれで必要です。でも、条例を改正し、近接住民も説明会開催要請(任意の説明会ではなく、条例に基づく説明会)ができるようにすべきなのは、各地の事例からも明らかです。

2012年9月定例会で賛成多数で採択された陳情も、自治会・町内会長が事業者に説明会の開催を要請しなくても住民に対する説明会が開催されるようにすることを求めるものでした(2021年7月30日付 本サイト記事 末尾参照)。これは条例改正を求める陳情でしたが、議会による採択後も、市長は条例改正を行っていません。

冒頭で鎌倉市条例を先進的条例と書きましたが、5年後に施行された宮崎県小林市の条例は、鎌倉市条例を下敷きにしつつ、内容的にさらに踏み込んだものです。市の面積が約563㎢で人口が4万6千人の小林市と、面積が約40㎢で人口が17万3千人の鎌倉市とでは、事業者が基地局設置場所を見つける難易度に大きな差があると思います。適地を見つけにくいから無理な計画が生まれがちな鎌倉市だからこそ、「節度ある基地局」(特集④フランスの法律 参照)とする条例が必要です。

宮崎県小林市の基地局条例との対照表