参考にすべきイタリアの2段階の基準― 2022.8 電磁波特集 ③

IH調理器・電子レンジ・ドライヤー・携帯端末・インタフォン…等々、身の回りには強い電磁波を発する機器がありますが、それらは▽使用しない ▽身体からの距離を置く ▽使用時間を短くする、といった個人レベルでの対策が可能です。
個人レベルで電磁波のばく露を避けることが難しいのは、携帯電話中継基地局が発する電磁波です(遮蔽による一定のリスク低減は可能)。前掲記事(特集②)で述べた「弱い電波に恒常的に被曝する」代表例でもあります。

 

携帯電話中継基地局の電波
スマートフォンの世帯保有率が90%に迫る今日、「携帯電話中継基地局を立てさせない」ことはできません。しかし、「必要な社会インフラだからどこに立ててもよい」ということではないはずです。

5Gの特長である高速大容量・低遅延・多数同時接続は、一般のユーザーにはそれほど必要な機能ではありません。産業や技術部門で必要であるなら、必要とされる場所でのローカル5Gの整備で対応すればよく、5Gを前提とする車両の自動運転は、人々の生活を豊かにするためのものではなく、今日残された数少ない競争と成長の領域であるに過ぎません。

そんな5Gで社会が様変わりするのは認めがたいことですが、国策として進められているのが現実です。

これまで基地局は、照射電波が広いエリアをカバーするために高台や高いビルの屋上に設置されてきましたが、5G(直進で届く距離が短い)の通信エリア拡大のために地上から15m程の高さの独立柱や電柱に取り付けるタイプの基地局の新設が急増しています。
戸建てや低層集合住宅の居室のすぐ近くにアンテナが取り付けられています。

実感として目安になるイタリアの勧告値 10μW/㎠
基地局から照射される電磁波は総じて微弱ですが、既に述べてきたとおり▽電磁波の熱作用だけを考慮して策定された総務省の電波防護指針(ICNIRPの国際指針とほぼ同等)以下なら健康への影響がないとは言えず ▽「熱作用を伴わない弱い電磁波に恒常的に被曝する」ことの影響は未解明です。

そして、「総じて微弱」であっても、基地局周辺には「かなり強い」電磁波が届くスポットが生じます。「かなり強い」スポットの数値、言い換えると「健康への影響が懸念される電磁波の強さの境目(閾値)」をどれくらいと見るのかが、基地局の問題を議論する上で大きな鍵です。

電磁波が「かなり強い」スポットが生じるのを回避すべき事例。市有地に基地局を建設する計画が持ちあがったが、隣地のアパートの居室とあまりにも距離が近い。土地を携帯電話会社に貸さないことを鎌倉市に求める陳情が6月議会で採択された。この写真は陳情者提出資料から抜粋させていただいた。

単純にこれ以上だと安心、これ以下では要注意と言えるものではありませんが、ICNIRPよりも10倍厳しい規制値(100μW/㎠)を掲げるイタリアが、これとは別に、4時間以上過ごす屋内での「注意値」および大勢の人が頻繁に集まる屋外での「品質目標」としてさらに10倍厳しい10μW/㎠の設定をしていること(特集②で紹介)は、着目すべきです。日本でも認知度を高め、目安として活用していくことが望まれます。

ネット鎌倉でも、簡易測定器を使った携帯電話基地局周辺での電磁波測定を少しずつ始めています。
測定値はほとんどのところで「総じて微弱」ですが、基地局との位置関係で「ここは高そうだ」と予想される場所で測定すると3~10μW/㎠ で、先日はあるところで20μW/㎠を超えて驚きました。しかし、ほんの少し離れると(例えば家を1軒隔てて裏手に回ると)小数点以下の数値に突然下がる場合が多いようです。

もちろん、「10μW/㎠なんてとんでもない。長時間被曝だと0.1μW/㎠でも危険」とする海外の専門機関もありますが、実際の対応(基地局設置の回避、電波の照射方向の変更や出力の低減および遮蔽・屋内移動などの個人的な防護)を考える目安としては10μW/㎠を念頭に置いてはどうかと思います。

被害の訴えのあった地域での測定結果からも…
健康被害を受けたと訴える近隣住民らの要請に応じて延岡市ほか九州各地で電磁波の測定調査を行った九州大学教授の吉富邦明さんは、2015年2月の講演で「携帯電話基地局による健康被害を訴えている地域の電波を測定すると、数μw/c㎡以上である」と話されています。【電磁波問題市民科学研究会ホームページ】
このことからも10μW/㎠は、要対応の指針値であると考えられます。

 

イタリアの基準値が5G推進圧力で存続の危機?!
実は今回の「特集」のためにweb掲載記事を調べていたところ、「世界で最も厳しい無線周波数電磁波のばく露基準の1つであるイタリアの6V/mが、間もなく5Gの犠牲になるかもしれない」という見出しが飛び込んできました。2021年5月の記事です( Microwave News | Italy’s 6V/m at Risk )。V/mは電界強度の単位で、電波密度に換算すると上述の10μW/㎠に相当します。よって、Microwave Newsの記事の RF exposure standard というのは、上述の注意値・品質目標のことだと思われます。

同国が健康被害の実態調査に基づいて20年以上前に採用した厳しい電磁波の制限を、パンデミック後の国家復興計画によるデジタル化推進に必要な5Gインフラ構築の妨げになるとして、ICNIRPの指針値に合致するように緩和する動きが出てきています。環境派から批判が沸き起こり、2021年4月のイタリア議会での復興計画承認時には、6V/mの基準を撤廃する提案は取り下げられたものの、見直しの方向性は消えていないとのことです。その後、見直しが行われたかどうかは確認できていません。

しかし、「イタリアの厳しい規制が存続の瀬戸際になっていることからも、ICNIRP指針値と同等の日本の電波防護指針は妥当ということだ」―というのは、全く違うと思います。

ここからわかるのは、5Gインフラ構築で、生活環境中の電磁波が確実に強くなるということです。また、電磁波の強度の安全性の如何ではなく、経済政策のために規制値の変更を行う政治がまかり通ろうとしていることです。国家復興計画の策定に大きな役割を果たした革新・技術・デジタル化大臣は、少し前までボーダフォン社の最高刑系責任者とベライゾン社の取締役を務めた人物です。

政府に求めること(その1)
日本政府は、5Gの本格導入と6G導入準備において電波防護指針に新たな要素を加えようとしているようです。5G普及のために現行の規制値を緩和するのではなく、むしろ5G普及によって従来潜在化していた健康被害が急に顕在化することがないような手立てを講じるべきです。

電波防護指針を厳格化の方向で見直すことができないのであれば、別途イタリアの勧告値・品質目標のような基準値(目安)を提示し、携帯電話会社に遵守を要請してほしいと思います。