鎌倉市の新年度予算で新庁舎の基本設計関連費用が焦点に?!(その3)

2月21日の建設常任委員会で新庁舎の基本設計費の新予算への計上についての「やり取り」があったことについては、(その1)(その2)で既に報告しましたが、明日(3月7日)の予算等審査特別委員会()で議論の対象になること、また、この件の陳情提出者から3月1日付で市議会議員宛に予算案の慎重審査を求める手紙(賛同団体名の付記あり)が届けられたことを踏まえて、若干の補足をしたいと思います。(私は今回は予算特の委員ではありません。)

基本構想策定支援業務委託費支出差止訴訟で市の勝訴が確定している
鎌倉市が深沢で本庁舎整備事業を進めることの違法性を訴えて市内在住の個人が提起した住民訴訟は2件あります。
令和3年(行コ)第52号業務委託費支出差止(住民訴訟)請求控訴事件
本庁舎等整備基本構想策定支援業務の業務委託が地方自治法第4条違反だとして委託費の支出の差止め等を求めた住民訴訟(2019年1月横浜地裁に提訴)。
業務委託費の執行を経て、原告が市が松尾市長個人に損害賠償請求を行うように「訴えの変更」をした後、2021年1月に横浜地裁、次いで同年7月に東京高裁で、住民(原告・控訴人)の請求を棄却する判決がくだされ、2022年2月に最高裁が控訴人の上告棄却・上告審不受理の決定をし、市の全面勝訴が確定しています。

東京高等裁判所(2023年3月撮影)

令和5年(行ウ)第25号鎌倉市役所本庁舎等整備事業予算返還請求事件
上記訴訟での敗訴を受けて、同じ人が原告となって2023年4月に横浜地裁に提訴した住民訴訟。
請求の趣旨は「鎌倉市が松尾市長個人に対し、新庁舎等整備基本計画の策定支援などに係る業務委託や基金積立などの経費についての損害賠償請求を行うことを求める」というもので、現在も地裁に係属中です。

「次の矢」は事情が違う?
陳情提出者は、「新庁舎基本設計の関連経費2億9500万円の債務負担行為が盛り込まれた新年度予算が議会で可決されたら、住民監査請求とそれに続く住民訴訟の提起を辞さない。今度は(基本構想策定支援業務委託費支出差止訴訟とは違い)市が敗訴する可能性が高い」と委員会で発言されていました。

陳情提出者の方が思うところを吐露されるのは、もちろん結構なのですが(但し、別の箇所で事実と異なる点があったことは後述)、「次の矢(新たな訴訟提起)では事情が違うのか?」すなわち、位置条例の否決と基本設計への着手という2つの要素が加わると司法の場で違法性が指摘される可能性が高まるのか…ということについて、現時点における私見を述べておきたいと思います。

位置条例否決後の状況下でも、名古屋高裁平成16年3月26日判決は司法判断の基準
位置条例改正前の建設費用支出を適法(町長の裁量の範囲内)と判断した紀勢町新庁舎建設費支出差止請求訴訟の名古屋高裁判決は、鎌倉市における位置条例否決後の状況下での庁舎設計費の支出についても、司法判断の基準であり続けると考えるのが自然です。

旧紀勢町の事案では、町議会議員の3分の1以上が移転に反対という状況下で、住民訴訟が提起されましたが、裁判所は「将来にわたって位置条例制定の可能性が全くないと断ずることはできない」と判示して予算執行の適法性を認めました。

鎌倉市で位置条例が2022年12月に否決されたことは、「将来にわたって位置条例制定の可能性が全くない」ことを意味するものではありません。
議員の3分の1以上が移転に反対を表明していた旧紀勢町の状況と位置条例が否決されたままになっている鎌倉市の状況との間で「将来にわたって位置条例制定の可能性が有るか無いか」の線引きはできないのです。

問いかけに答えてあげた高島市の事例
建設常任委員会では、陳情の要旨が他の自治体の事例の検証であったことから、担当課が位置条例の改正前に基本設計に着手した15の自治体を例示しました。
その際、陳情提出者から「位置条例案が否決された状態で基本設計に着手した自治体があるかどうかが問題である」と発言があったため、担当課は15自治体の中でそれに該当する例として滋賀県高島市を挙げました。
しかし、先例があることをもって鎌倉市の基本設計費の予算計上の正当性を示そうとしたわけではありません(合理的な説明ができるので、そのような必要はない)。

高島市の事例は合併を巡って庁舎をどこに定めるかで揉めた例ですが、高島市の事例からわかるのは、「揉めに揉めた先例しかない」などということことではなく、むしろ名古屋高裁判決が「町長の裁量の範囲内」と言っているのは、事程左様に自治体ごとに個別の事情があることの尊重 地方自治法第4条3項が位置条例の制定・改廃で出席議員の3分の2の同意という特別議決を求めているのは、高島市のような合併事例を念頭においたもの ― ということだと私は感じました。

首長の裁量権の濫用?違法でなくても不当?
名古屋高裁判決の「条例を定める時期について何ら定められていないから、位置条例案の上程の時期は市町村長の裁量に委ねられているものと解される」の中の首長の裁量権について、建設委員の1人から「市長の裁量権の範囲と言われるなら、市長がやりたいと言えば何でもできてしまうことになりませんか」という発言がありました。
それは違います。
市長の裁量権というのは、この場合はタイミングを見計らうことについての裁量権であるわけですが、タイミングを見計らうことについては、その市の固有の事情が関わってきます。ですから、市長の裁量権は、「市長がやりたければできる」ということではなく、内容的に「市の固有の事情が尊重されてしかるべき」ということに近いと思います。

鎌倉市について言えば、
現市役所の敷地の一部が津波浸水想定域に含まれること
現市庁舎の執務スペースが、職員1人当たりの面積で比較すると県内一般市で「最狭」レベルであること
Is値が0.6で大地震発生時の市庁舎としての機能維持、災害復旧拠点としての機能の確保が困難であること
などが、「新庁舎の整備は待ったなし」という市長の判断にかかる固有の事情にあげられるでしょう(他にもありますが!)。

また、(その2)で既に述べたとおり、「市民の多くが深沢に新庁舎を整備することに反対している状況だ」という認識が絶対的なものだとは思えないことから、基本設計の予算を付けることが、社会通念上および「行政上実質的に妥当性を欠くこと又は適当でない」という意味合いにおいて 不当 だとは考えません。


弁護士など法律の専門家のお墨付き(?)問題
陳情提出者は、陳情の趣旨説明の際に「鎌倉でオンブズマン活動をやっているK弁護士に聞いたんですけれども、神奈川オンブズマンの皆さんにもちょっと感触を質したら、議会として是非複数の学識者・弁護士に、地方自治法上こういうことは可能なのかどうか、是非お伺いを立てていただきたいと…」と発言されました。

私が「K弁護士は『かながわ市民オンブズマン』ではないです」と指摘したところ、「K弁護士は『かまくら市民オンブズマン』ですが、知り合いの神奈川オンブズマンの弁護士さんに聞いてみたら、『弁護士の意見をぜひ議会としても聞いていただきたい』というようなことをおっしゃっていたということです」という趣旨の答えでした。

しかし、当日の夜にたまたま「かながわ市民オンブズマン」の役員の弁護士2人とオンラインで話す機会があったので尋ねてみたところ、「K弁護士とはずっとお会いしていないし、もし聞かれたとしても、この件で予算計上を違法とする司法判断が下される可能性が高いなどとは考えないので、そんなことは言わない」と驚いていました。

釈然としないので、しばらくして陳情提出者のブログを拝見したところ、K弁護士が会合の席で「位置条例をいつ議会に出すかについては規定がなく、時期は特定されていないが、既成事実を積み重ねていって予算も消化して最後に位置条例を出すというのは、やり方としておかしい。まして、否決された状態で基本設計予算案を上程するのは、きわめてイレギュラー。議会としては、弁護士や地方自治法の専門家などに見解を聞いて判断するぐらいの手順を踏むべき」と話されていたことが書かれていました。

合わせて、陳情提出者が原告になっている全く別の分野の訴訟で代理人を務める(東京の?)弁護士の方が、本件について「裁判所に違法と認定される可能性がきわめて高い。(新たな裁判を提起するなら)代理人になる」と言われたことも紹介されていました。
違法認定の可能性に言及されたのはこちらの弁護士だけで、K弁護士はイレギュラーとしか述べられておらず、ましてや「かながわ市民オンブズマン」の弁護士(さらにもう1人の役員にも確認したので計3人)は誰も話すら聞いていない、ということがわかりました。

前述の3月1日付の市議会議員への手紙には「市民側でオンブズマン活動に鎌倉でかかわる弁護士ほか複数に照会したところ、『提訴されれば裁判所に違法と認定される可能性が高い』という返事をいただいていることを申し述べておきます。」と書かれていますが、実際には2人の弁護士に照会して、ご自分の訴訟の代理人の弁護士1人が違法認定の可能性に言及した、ということになりそうです。

本当に大事なのは中身の議論
市役所の位置を深沢とする条例が定まっていない状態で新庁舎の設計費用が予算計上されていることに関して、(その1)から(その3)まで長々と述べました。

「深沢は災害リスクが大きい」とか「市民のほとんどが移転に反対」といった根拠が曖昧な言説が流布されるような状況があるなかで、2月21日の建設常任委員会でのやり取りが部分的に切り取られて語られてはならないと考えること、また、位置条例の否決を金科玉条として新庁舎整備にかかるその後の検討や議論を封じるような動きは牽制すべきと考えることから述べたものです。

しかし、本当に大事なのは、実はこのような議論ではありません。
市民全体にとって望ましい市庁舎、災害に強いまちづくりに役立つ市庁舎、市民が集う場所こそが「まちの中心」であるという意味で極めて重要な御成町の現在地における市民の拠点の整備についての中身の議論を続け、深めていくことこそが必要ではないでしょうか。