耐震不足の庁舎の被災事例から学ぶこと

鎌倉市は5月25日、「防災や災害時の市役所の役割、新庁舎整備に向けた取組についての理解を深めてもらう」というイベント、ONE DAY PLAYPARK を開催しました。
防災についての啓発や体験の企画も盛沢山でしたが、目玉は熊本県宇土市の元松茂樹市長の講演でした。

熊本地震発生時、宇土市では…
2016年4月14日21時26分、熊本県熊本地方を震源とするマグニチュード(M)6.5の地震(内陸型の活断層による地震)が発生し、益城町で震度7の揺れを記録。その後も余震が続く中、16日未明に最初の地震よりも大きいM7.3の地震が発生、益城町で震度7を記録したほか、広い範囲が強い揺れに見舞われました。

益城町から10~12㎞の距離(鎌倉市役所-横須賀市役所の距離に相当)にある宇土市では、14日の前震()で震度5強、16日の本震で震度6強を観測しました(両方とも別個の活断層による本震とする見方もある)。

宇土市役所の庁舎は築50年を経過し、老朽化と構造上の問題から耐震改修が最早できない状態で、建替えの本格的な検討に入ろうとした矢先でした。
最初の揺れで庁舎の至る所にひび割れ等が生じ、ひっきりなしに余震が続く中で15日未明には震度5強の余震を観測、その2時間後に検分を行った国の省庁の調査官から「庁舎閉鎖」の指示を受けたそうです。そして、16日未明の本震では、ついに庁舎の4階が5階に押しつぶされて損壊する事態となりました。庁舎閉鎖(立入禁止)の措置を取っておらず、本震が日中であったなら、大きな人的被害が生じるところでした。

本庁舎に立ち入れず、テントが市役所に
宇土市では、大地震発生で本庁舎が使えなくなった際には隣接する別館に本部機能を置くことを想定していました。しかし、本庁舎の上階が潰れて建物が2方向に傾いている状態では別館側に崩れ落ちる危険があり、代替施設とすることは不可能でした。そこで、市役所駐車場にテントを張って業務を行うことになりましたが、本庁舎内に立ち入れず、業務に必要なものを持ち出すことができず、大変困ったそうです。
当初、電話は1回線しか確保できず、市民からの電話を全く受けることができなかった。これは、被災した市民にとって大きなストレスになった。
パソコンは本庁舎1階から何とか持ち出せたものしかなかった。
公用車のキーは本庁舎5階にまとめて保管していたため持ち出せず、公用車が使えなかった。

耐震改修済みの市民体育館に移動
テントでは業務継続は困難であったため3日ほどで市民体育館に市役所機能を移すことになりましたが、パイプ椅子等はあっても机がなく、会議テーブルは卓球台で代用するほど何もないところからのスタートでした。
市民体育館に移ってから日が経つにつれ、課ごとにパーテーションで区切って業務を行うようになっていったが、各課にパソコン1台、内線電話1台を配置するまでに1カ月かかった。 避難所運営、支援物資の配布、災害復旧などとともに被災後の市役所業務で必須であったのは住民の転入転出関係の業務と罹災証明書の発行だった。使えるパソコンは罹災証明書の発行に充てた。
被災後当分の間通常業務が行えない部署については、避難所に部署ごと分散させ、避難所運営に当たらせた(これは効果的な配置であった)。
市民体育館は、4カ月後に仮庁舎が完成するまで使ったが、大災害が起きた後は市民対応が最優先となるので、市役所機能の再構築の方に人手を回すことは難しかった。

宇土市の事例からわかった庁舎被災で直面する厳しい現実
以上が元松市長の講演を聞きながら取ったメモからの抜粋ですが、鎌倉市の状況に引き付けて2点感想を述べたいと思います。

(1)鎌倉市の現庁舎は、構造耐震指標(Is値)が0.6で、震度6超の地震で倒壊は免れるものの、地震後の機能確保に必要なIs値0.9を満たしていません。これに対して、「耐震補強は終えており、Is値0.6で倒壊しないのだから使い続ければよいのだ」という意見が市議会内にいまだあります。

しかし、熊本地震で、本震と余震(前震)の区別がつかないほどの大きな揺れが繰り返し起こり、有感地震が半月間に3000回以上もあったという話を聞けば、「大きな揺れで倒壊しなかったから大丈夫」では済まされず、次の大きな揺れで更なる被害が発生する恐れから、庁舎に入れない、庁舎が使えないという事態が現実としてありうることを認識せざるを得ないと強く思いました。

(2)鎌倉市は地震災害時業務継続計画(BCP)で本庁舎被災時における代替施設候補として1番目に深沢行政センター(液状化の課題はあるが、耐震性が高く津波の浸水域外)、2番目に腰越行政センター(想定津波浸水域だが、耐震性が高く発電機設備を設置)をあげています。議会内には「本庁舎は移転しなくても、BCPで代替施設を定めているのだから大丈夫」とする意見もあります。こちらも現実を直視しない意見であることがわかりました(現状において代替施設を定めておくことは必要です)。元松市長は、「本庁舎を代替できる施設はない」ということを強調されていました。

宇土市は人口が3.6万人(鎌倉市は17.1万人)で、同規模自治体の中でも職員数は少ない方でしたが、市役所機能を代替できる規模の民間施設はなく、かろうじて市民体育館を使って切る抜けましたが、市の業務は1か月間滞り、その時の業務停滞のしわ寄せはその後何年間にも及んだとのことです。

熊本地震では、宇土市を含む5市町の本庁舎が損壊による立入禁止、倒壊の危険による封鎖に追い込まれました。市民が行政を最も頼りにせざるをえない大災害発生時に、庁舎が使えないことで市役所が機能を十分発揮できないようなことがあってはならないという教訓を、真摯に受けとめなくてはならないと思います。