古い庁舎の保全には別棟を建てられる敷地が必要

もう少しで築100年の神奈川県庁本庁舎だが…
1969年の竣工で築55年になる鎌倉市役所現庁舎は「老朽化」という課題を抱えていますが、これに対し、「神奈川県庁本庁舎は1928年竣工で築96年になるが、現役庁舎として保全活用がはかられ、今後も長く使い続けられる。鎌倉市役所も老朽化などと言っていないで、長く使えばよい」という声が聞かれます。

鎌倉市役所は、建築された時代にモダニズム建築が公共建築物の意匠として流行っていたことを示す例ではありますが、国指定重要文化財の県庁本庁舎と建物の歴史的・文化的価値を比較する対象とはなりえません(現市庁舎の価値は、半世紀以上現在の場所にあり、鎌倉市民が親しみや愛着を感じていることにあると言えるでしょう)。

ただ、ここで述べようとしているのは、建物の価値の話ではなく、地方分権や住民福祉の取組み分野の増加の流れで自治体の業務が拡してきた歴史的経過にもかかわらず、県庁本庁舎が増築・改築されずに保全され、使われ続けている理由です。
最大の理由は、隣接した場所に新庁舎(12階)、西庁舎(9階)、東庁舎(11階)を増設して業務スペースを確保することができたことに他なりません。

新庁舎・西庁舎・東庁舎ともに高層庁舎で、執務スペースの大半と議会棟が配置されている

仮庁舎を設置して耐震改修工事を行った秦野市役所
町村・政令市を除いた県内の市役所庁舎の中で最も古い年代(1969年)に建てられたのが鎌倉市役所と秦野市役所です。
秦野市役所本庁舎は、東日本大震災後の2013年に実施した耐震診断の結果、構造耐震指標Is値が倒壊・崩壊しない目安の0.6を下回ることが判明しました(特に2~4階で低く、最低値は0.20)。速やかに人命の安全確保をはかるため、建て替えではなく、耐震改修で長寿命化をはかることになり、2016年10月~2018年7月に耐震改修工事が行われました。

秦野市は、耐震改修工事を「主に1階、主に2階、主に3階の3工区」に分け、約6カ月のサイクルでそれぞれの工区の事務室を仮庁舎に移転させ、業務を継続しながら工事を行いました。仮庁舎は、本庁舎と連絡通路でつながった西庁舎から道路を挟んだ向かい側の県有地(旧大秦野高校テニスコート1366㎡)を取得して建築されました。

神奈川ネットは、1月21日に秦野市役所を視察し、耐震改修工事の経緯について説明を受けるとともに現況を見せていただきました。
わかったことを要約すると、次の4点です。
①老朽化した庁舎の耐震改修による長寿命化工事を業務継続しながら行うには、仮庁舎が必要である。

②秦野市は庁舎敷地に隣接した県有地を取得できたので、仮庁舎を設けることができた。工事終了後は教育関係の部署が入った「教育庁舎」として使用している。

③秦野市は、本庁舎の「古さ」においては鎌倉市と同じであるが、「狭さ」については、本庁舎西側にあった秦野赤十字病院が市内の別の場所に移転したことに伴い、鉄筋RC構造の耐震性のある病院の建物を取得して西庁舎とし、東側にはプレファブ2階建ての東庁舎を増設していて、「狭さ」が大きな課題ではなかった。
仮庁舎の機能を果たした教育庁舎も加わって、執務スペースはほぼ足りていて、会議室が不足気味という現状である。

④耐震改修による長寿命化で本庁舎は令和25年までは使い続けられる。かなり深刻な耐震性能不足に速やかに対応することが優先された耐震改修という選択肢であったが、18年後には次の対応を迫られるということでもある。

本稿は、神奈川県庁と秦野市役所の事例から、「古い庁舎の保全には別棟を建てられる敷地が必要」というタイトルを付けたものです。
鎌倉市役所本庁舎は、敷地面積は一定程度あるものの、風致地区の高さ制限と地下の埋蔵文化財への配慮から2階建てのプレファブ分庁舎程度のものしか作れず、隣接地に本庁舎の増設や分庁舎設置のために取得できる土地は存在しません。
本庁舎の長寿命化の主張は、現実を直視した提案とは考えられません。工事実施の諸要件をクリアできるかという問題、「狭さ」の克服にならないという問題に加え、結局のところ「次世代への負担の先送り」ということです。