「公文書はだれのもの?」―行政の勝手で 隠す、廃棄する、定義を狭めてはダメ

2017年8月12日 13時06分 | カテゴリー: 活動報告

8月10日、長野県短大の瀬畑源助教を講師に迎えて「公文書はだれのもの?-公文書管理制度と民主主義―」と題した学習会を開催しました。
まさに南スーダンPKO日報問題で国会の閉会中審査が行われた日の夜というタイミングで、関心の高まりを受けて、定員52名の会場は参加者44人で盛り上がりました。

公文書管理法施行後も官僚の意識は変わらない
前半では国の状況について、
・南スーダンPKO日報→公文書の隠ぺい
・森友学園問題→公文書の廃棄
・加計学園問題→公文書の限定化(私的メモ扱い)
と例を挙げて、公文書管理法が2011年4月に施行されてもなお、「情報を国民に知らせると厄介なことになる」という役人の意識が改まっていないという指摘がありました。
「国有地売却過程の文書は、森友学園に限らず捨てられていた可能性が高い」というくだりには、思わず唸ってしまいました。公文書が捨てられる(講演の スライド抜粋)

瀬畑さんは元々近現代政治史の研究者。日本の歴史において、官僚機構は為政者のために働いてきたので、国民に対する説明責任はなかった(その流れの中で敗戦時に当然のように公文書を燃やした)、戦後も意識の変化は進まず、検証のために公文書を残すという発想がなく、決裁文書など結果が残ればよい、ということで過程の文書が捨てられる…というお話には、安倍政権下の今般の状況に留まらず、主権者をないがしろにする日本の政治風土の根の深さを感じました。

同時に、公文書を「健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源」と位置づけた公文書管理法の意義の大きさを改めて認識し、法の精神が浸透していない現状を残念に思います。
瀬畑さんが、国民の側も意識改革が必要だと述べられていたのは印象的でした。

鎌倉市~文書作成と管理の徹底、歴史的公文書の選別にはお金と人を
鎌倉市の状況の事前取材もされて、講演の後半は鎌倉市の公文書管理についてでした。
はじめに、作られるべき文書が作られていない事例をあげて文書作成の徹底について述べられました。
文書不存在に関しては、参加者からも事例をあげた質問が相次ぎました。

続いて、文書管理の状況。
現用文書(各部署の業務で用いられる前提の、保存期間満了前の文書)の管理については、ルール化が進んでいる現状があるものの、「行政文書の作成に関する指針」が市役所組織内で共有化されていないこと、行政文書目録に情報公開請求に役立つ検索機能がないことなどの問題点が指摘されました。

また、鎌倉市では法改正により永年保存文書というカテゴリーがなくなった後も30年保存文書に変更せずに放置していましたが、歴史的公文書の選別作業を、2008年度から4課につき試行、2014年から全課対象で行っています。
これについては、お金と人(とスペース)が足りないと!強調されていました。全くそのとおりです。

まとめは、やはり「公文書管理条例のすすめ」です。
公文書管理を住民に対する行政の責務として位置付けるには、内規である文書管理規程ではなく、条例にすることが必要です。
公文書館の設置がすぐには無理でも、公文書館機能を整備することはできると言及されていました。

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公文書管理の全体像がわかりやすく示された講演を、関心の高い市民の方たちと共に聞くことができたのは有意義でした。
公文書管理は、誰が主権者か、という民主主義の根幹に関わることです。今後とも取組みを進めていきたいと思います。